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ただ涙を流すのではなく。

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いま世界がどうなっていくのか、とてももやもやした状況が続いていると思います。

ただ、それに対する答えは人それぞれであり、これが答えだといえるものはありません。

残酷な現実ですが、それが真実の一つです。

しかし、そんな私たちにも協力することで成し遂げることができることもあります。

それが信仰です。

どんなに難しいことだとしても、それに着手しなければ、結果にたどり着くができません。
それと同様、信仰も実行しなければ全く意味がありません。
それを先に断っておきます。
真理を知っていながら、それを素通りすることはどんな罪よりも深い罪になり得るからです。

それでは信仰とは何でしょうか。

すなわち、神様の御言葉に耳を傾け、自らの悪い行いを悔い改め、この苦しい世界と兄弟姉妹のために最善を尽くすことです。

どういうことかというと、今いるその場所にふさわしい振る舞いをするということです。
(註 何がふさわしい振る舞いなのかは基本的には聖書に書かれています。
よく読み行うことで自然と身につくと思います。)

目の前で兄弟姉妹が艱難苦難にあっているのなら、手を差し伸べることは容易ですが、離れている場合、それは難しいでしょう。 ですから、遠くにいてもわたしたちは霊的には繋がっていますから、祈りを通して、彼ら彼女らの力になることが出来ます。

反対に、側にいながら手を差し伸べず祈るだけならば、それは状況によりますが、おそらくほとんどの場合は、愚かな人間となります。 ユダやペテロのように自らの罪に非常に苦しむことになるのではないかと思います。

その状況にふさわしい振る舞いは、自分自身が本当によく理解しているものです。

よい立ち振る舞いをすることで、神様の御言葉にかなった働きをその場所にもたらすのです。

それによって、わたしたちは嘆くことなく、世界をかえられます。

涙を流すだけの人生は終わりにしないといけません。
自分のためだけではなく、兄弟姉妹のために最善を尽くしましょう。  

 

ヨハネ3:17-19より引用ここから---世の富を持ちながら、兄弟が困っているのを見ても、あわれみの心を閉ざすような者に、どうして神の愛がとどまっているでしょう。子どもたちよ。私たちは、ことばや口先だけで愛することをせず、行いと真実をもって愛そうではありませんか。それによって、私たちは、自分が真理に属するものであることを知り、そして、神の御前に心を安らかにされるのです。
---ここまで  

 

ヤコブ2:15-16より引用ここから---もし、兄弟また姉妹のだれかが、着る物がなく、また、毎日の食べ物にもこと欠いているようなときに、あなたがたのうちだれかが、その人たちに、『安心して行きなさい。暖かになり、十分に食べなさい』と言っても、もしからだに必要な物を与えないなら、何の役に立つでしょう。
---ここまで

わたしたち一人一人には欠点があり、一点の曇りもないということはありません。実に罪深い心に覆われています。

それでも神様の愛に満たされています。

ですから、どんなに苦しい時にも冷静でいて、決して自暴自棄になってはいけません。

信仰をもつことで自分を守る盾と、悪を滅亡させる剣を所有することになります。

私たちの武器は御言葉と聖霊ですが、ヨハネが述べたように、口先ではなく、行いと真実をもって悪に立ち向かわなければなりません。

あなたの目の前に現れる様々な艱難苦難は、必ず乗り越えることができる壁です。
私たちは正しく協力し合うことで何倍もの力を発揮することができるからです。 

◯ RAPT有料記事143(2017年2月4日)自分で勝手に自分の限界を定めるな。誰でも世界的な人物になれる。

 

涙を流すのならば、世界のために涙を流し、やがて、世界があなたのために涙するように、ふさわしい振る舞いを示しなさい。 


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