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丁稚奉公と雇用の違い

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近年、労働者と使用者との間でのパワハラやブラック企業の残業代未払いなどの労働問題が社会的に蔓延しています。

 

この手の話で必ずと言っても論点になるのは、現代と旧来の労働システムの違いです。システムの違いとは言いますが、実際は混同されてしまっている場合の方が多いと思います。 

 
特に私が以前、仕事をしていた飲食業界は特に顕著に雇用と丁稚奉公をごちゃ混ぜにした指導の仕方が行われている業界だと思います。

賃金の問題に関して、使用者側が都合の良いように言いくるめて、やる気のある労働者の「頑張ります」を言質にとり、奴隷のように扱っているところが多いように感じます。

 

現代で仕事をしていると、このような労働問題に自分自身、または身内がまきこまれることがあると思いますので、ここで、一緒に雇用と丁稚奉公の違いを考えてみましょう。 

経営者、労働者、どちらの立場においても、ここの考え方の理解は非常に大切だと思います。

 

丁稚奉公とは、生涯をかけた育成システムのことです。

衣食住、仕事については心配することはありませんが、賃金はほとんど支払われません。

 

師弟関係にあり、手取り足取りの指導というよりは、「見て盗め」です。

個人の精進のしようによってはのれん分けといってステータスを得ることもできます。

 

賃金が支払われない(少ない)のは確かに不安なことだと思いますが、人間としての衣食住が与えられることで生物としても、また仕事先も用意されていることから、土台として安心ができます。  

 

一方雇用は雇用主と雇用者は対等関係にあります。

衣食住、仕事に関しての世話は一切なく、賃金のみによってお互いのメリットを享受するスタイルです。 

 

このご時世、丁稚奉公と雇用の違いについては正しく認識しておく必要があります。 

 

なぜなら、世の中には偽の丁稚奉公、偽の雇用が万栄しているからです。

 

前述にもある通り、このような労働システムは混同されてしまっていることがよくあります。

 

師弟関係だけを美化し、衣食住、仕事の世話もない、奴隷の主従関係になってしまう可能性が高いのです。

 

〇 割烹久田の久田雅隆容疑者、見習いの金玉を蹴って全治1か月の大けがを負わせ逮捕!

 

〇 若林元逮捕、侍元店長-熱したフォーク突き刺す-人気ラーメン店

 

〇 「バカ野郎」「使えねえな」暴行、7カ月で休日2日、恋愛介入…24歳店長を自殺に追い込んだブラック大賞企業『くいしんぼ』、驚愕パワハラ実態

 

多くの若者が飲食店、とくに有名店に入る前にある決意をします。

 

これしかない、この道で生きるという決意のことです。

 

選択肢を狭めることで自分を奮い立たせるのです。

 

上記に挙げた記事をみると、この想いを暗黙の了解で利用してしまう雇用主のお店も少なくないようです。

 

飲食店は横の繋がりが強くあります。

その横の繋がりが主従関係を加速的に進めてしまう場合があるのです。

 

丁稚奉公なら成り立つ師弟関係はここでは見られません。

表面的には雇用ではありますが、その関係は対等ではありません。

 

飲食特有の哲学といって美化してしまったらそれまでですが。

もちろんこれは以前記事にしたように飲食業界だけの問題ではありません。

 

〇 文字ではない法律とも違う尺度でこの世に問う

 

師弟関係と奴隷の主従関係の判断を互いの信頼関係に委ねるというのは危険です。

 

雇用であるからといって賃金で補填される、というのも幻想に近いものがあります。

横のつながりを意識すると、下手に自分の株を下げてはいけないと無意識ながらに思うものです

 

この世界で食っていきますといった決意を言質にとられてしまうのです。

この状況下では、賃金交渉もままならず、どこまでいっても主従関係を甘んじることになりかねません。

 

まさしく身動きがとれない奴隷です。

自分の身は自分で守るではないですが、働いていて(または従業員を雇っていて)おかしいな、おかしなことをやってしまっているなと思っている方は考えてみて下さい。

 

この思考を混同させてしまうのは大変危険です。

 

雇われる側は暗黙の了解で受け入れてしまったり、雇う側は何も知らずに受け入れる人を都合のよいように扱ったり、これらを継続していった先には現代の社会でいわれる病魔が表出してくるのかもしれません

 

うつ病を輩出し、社会不適合者の烙印を押すことは決して許されてはいけないことだと思います。

その一端を担う経営者にならないためにも、丁稚奉公と雇用とは混同して捉えてはならないのです。

 

物事の根本には誤解から生まれてしまった最悪のシナリオというものがあります。

 

一見私たちは、自分の意志で決めたように思いこんでしまうものですが、冷静になって考えると選ばされた、どうのしようもなかったと無力の自分を呪ってしまうものです。

理不尽な扱いを甘んじるのがこの世の成功には欠かせないと思いこんでしまっていることがあります。

 

しかし、それは根っこの部分が抜けています。

 

「その環境ではのびのびと才能を伸ばすことができないとはっきりわかっていることに気づいているけれども、どうしたらよいのか分からない。」

私たちはこのように思考を放棄する前に、その不安を解消するために、ありったけの知恵を振り絞って、悪魔に屈しない方法を身につける努力をしなくてはならないのです。


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