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主の仕事に従事する者は給料泥棒になってはならない。

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私たちのように信仰を持つものにとっては、世の中の仕事と主から与えられる仕事とに大きな違いがあることは既に明白なことでしょう。 

主は私たちが信仰を持つ以前から忍耐強く、主に立ち返るまで、気がつくようにと多くの機会を与えて下さいました。 
このことはこの先の人生、いくら感謝してもしきれないほどのことです。きっと立ち返った者たちの多くがそう思っているに違いありません。

ですから、主の下へ導かれた私たちは全力で主の仕事に従事しなくてはなりません。 
人がこの世の中で生きているのは主の栄光をこの地で実現させるためだからです。 

 

しかし、多くの人たちが主のことに関心を持たず、自分勝手に振舞っています。彼らは、自分の欲望のために主から与えられた命を無駄にしてしまっているのです。
世の中の仕事はお金を得るために、食べるために、あるいは娯楽に勤しむために、果てはそれ以外自分の人生の使い方を知らないために行っているというのが無信仰だった以前の私たちではないでしょうか。皮肉なことにそのような振る舞いは、豊かな生活を送っていると自分に言い聞かせているものの,実際にはそうではないことも分かっていたりするものです。
 
そのような生き方は主の視点に立てば、単なる給料泥棒に違いありません。 
どんなにお金を稼いでいても、仕事が上手だとしても、神様のために働いていなければ、それは世の中で風化し、ただ朽ちていくだけです。

神様はどんなことでも益にしてくださりますが、与えた命がただ消費されていくのは見るに堪えません。

物作りを経験している者にはよく分かると思います。丹精込めて育てた作品がただ朽ちていくだけの代物で終わってしまうのは悲しいものです。

それでは「主のために働く」、「主の栄光を示す」とはどういうことでしょうか。

 

私は明け方、仕事の帰り、眠る前、何度も主に祈り求め、その答えを問いかけています。

 
私たちは一日のうちに、主の御心にかなった働きをいくつ達成できているでしょうか。

遠く先にある大きな御心の手前の小さな御心を、少しでも多く今日のうちに成したいです。

どうか私たち兄弟姉妹の一人でも多くの者が新たな悟りの機会を得、成長し、神様の御心の成す道を正確な足取りで歩み続けますように。

世界中のまだ信仰を持たない者にも溢れんばかりの精霊と祝福を降り注ぎ、神様の下へと導いて下さいますように心から深くお祈りいたします。

自分が住む土地、地域の者たちが主へ立ち返る機会を得て、私たちと共に主を愛し、主のために働くことに喜びを感じ、教会をつくっていくことができるように力をお与え下さい。

 

どうか世の中に蔓延る悪人、悪霊たちにも、立ち返る機会を与えて下さって、一人でも多くの者が救われますように。

 

こんなに恵まれた環境にいて、神様からの愛を受けて、生かされているのですから、どんな状況下においても一度もった信仰を捨ててはなりません。

不安になったり、臆病の霊に支配されている時間はないのです。


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