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傷に捉われるな。痛みを知る者は愛を示す者となれる。

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私たちは皆、璞として生まれてくる。

しかし、世の中の悪いものに触れることで傷がついてしまう。 

 

傷がつかない者はほとんどなく、傷の程度の差はあれども、私たちはそれでもなんとか生きている。 

 

痛みに耐えきれず、質のひどい石になってはいけない。忠告があっても、神様の愛を知らないままでいてはならない。 

 

傷ついた経験は才能や財産を得ることに相当するのだ。

人生の目的を知るために、私たちは傷だらけになる。

傷の舐め合いをするために傷を負うのではない。安易に傷つかない方法を得ようとするな。 傷から惰性に至るならば、それは薔薇のトゲよりも、まむしの毒よりも体を蝕む。 

 

しかし傷はそこから悟りを得るならば、それはむしろ祝福だ。 

 

傷ついた仲間を想い祈ることで、私たちはまた一つ、痛みを知る。

痛みを知るから完全になろうとする。それでも何度も、幾度も、傷を負う。 

 

一体いつになったら、この痛みから解放されるのだろうか。悪魔の囁きが聞こえる。  

言葉は時に嘘をつくが、痛みは嘘をつかない。からみつく髪がほどけるように、真実の頂きに達するであろう。

真実とは神様のことであり、愛である。

真実を知ることは始まりであり、終わりである。

始まりは痛みで、終わりも痛みである。そして、痛みは愛でもある。

苦しみの中をもがくならば、それは幸いである。

妥協せずに今その場所で自分が出来ることをやり遂げ続けることだ。 

 

痛みや傷は乗り越えるものではなく、両脇に抱えて共に眠る兄弟のようなものなのだから。 

 

兄弟姉妹が艱難苦難にあいながらも完全になれるようにとお祈りいたします。 

 

全世界中の兄弟姉妹たちにたくさんの聖霊が降り注ぎ、神様の御業にかなった素晴らしい仕事を世にもたらすことが出来るよう、私たちを導き、力をお授け下さい。 

 


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