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塞がれた道を開通させる。

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根本的な問題を解決しなければ前進したとはいえない。

例えば、向かいたい方向にある道が塞がれていたとする。

その道が通れるようにしたいとする。

そのとき、どういう状態が望ましく、適切に作動するかを具体的に考え抜かなければならない。

 

一時的に開通させすぐに崩れることが最善な道なのか、あるいは継続的に通れる状態が好ましいのか。

道をつくるには技術と予算がいる。

技術が足りていなければ、道を開発するには大きな不安要素に成り得る。

また、費用が足りていなければ、よりよい状態にできる事が分かっていながら、限られた資金から工夫を凝らさなくてはならない。

技術だけでも、予算だけでも、どちらか一方が足りなければ、道をつくることは難しい。

 

目の前にある、まだ開通していない道をどのようにしたいのか。

自分の立ち位置はどこなのか。

道をつくるにしても、様々な分野の人間が関わってくる。

直接道をつくる人なのか、道をつくるための道具を用意する人なのか、道をつくってほしいと頼む人なのか、道のルートを決める人なのか、万が一のことが起こった場合に何らかの措置で関わる人の命をつなぐ人なのか。

ひょっとしたら道が出来る頃には、じぶんはこの世にはもういないかもしれない。

しかし道が完成するまで、練りに練った規則正しく、迷いのない設計図は良識のある人たちの間に継がれていくのだろう。


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