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妻がみせてくれるものはとても美しいものばかりだ。

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私は妻によって、救われたのだと思います。

彼女と結婚する以前の私は大馬鹿者でした。
自分は特別であり、優れていて、将来が有望で、未来が約束されている幸福な者だと思っていました。

現在、聖書を読む生活をしているからすぐに分かることなのですが、私は無分別な者でした。

高慢で大言壮語を吐き、そのことで嘘つきになりかけていて、文字通り、偽物、愚かな者だったのです。

しかし、私はせめてもの抵抗として、悪人にはむかっていました。
その悪人はその時の私よりも悪いとはっきりと分かるほど、ひどい人間でした。

彼は平気で嘘をつき、世の中を騙し、自身は夜な夜な泥酔し、その都度、自分に言い聞かせるかのように使用者を言いくるめて、その罪に加担させていたのでした。

その悪人に抵抗していた際、心細く思い、半ば、悪魔に心を預けた方が楽なのではないかと考えていた矢先に、私は後の妻となる女性に出会いました。

彼女は、私に足りないものを全てもっていました。

これは聖書を何度も通読することによって得た鋭い知見の一つです。

そして彼女もまた、おそらく、私と出会い交わることで、足りないものを得たのだと思います。

その当時の私に必要であったのは、正しい厳しさと本当の美しさを示してくれる出来事でした。
彼女がその両方をもたらしてくれたおかげで、時間は少しかかったと思いますが、いまではすっかり良くなりました。

妻と離れていても、私は妻の愛を感じることができます。

神様がいつも世界に遍在なさるように、愛もどこにいても感じることが出来るものです。

夫婦で信仰を保つのは非常に難しい世の中だと思います。
ですから、最後まで私は油断しません。
毎日、誘惑に勝ち兜の緒を締める生活を夫婦で協力し達成するのです。 

エフェソの信徒への手紙5:25-33より引用ここから---

夫たちよ、キリストが教会を愛し、教会のために御自分をお与えになったように、妻を愛しなさい。

キリストがそうなさったのは、言葉を伴う水の洗いによって、教会を清めて聖なるものとし、しみやしわやそのたぐいのものは何一つない、聖なる、汚れのない、栄光に輝く教会を御自分の前に立たせるためでした。

そのように夫も、自分の体のように妻を愛さなくてはなりません。妻を愛する人は、自分自身を愛しているのです。

わが身を憎んだ者は一人もおらず、かえって、キリストが教会になさったように、わが身を養い、いたわるものです。

わたしたちは、キリストの体の一部なのです。

「それゆえ、人は父と母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。」

この神秘は偉大です。わたしは、キリストと教会について述べているのです。

いずれにせよ、あなたがたも、それぞれ、妻を自分のように愛しなさい。

引用ここまで---

明け方、聖なる妻を私に授けて下さった神様に深く感謝をするお祈りを致しました。

実によい朝の光でしたので、皆様にお伝えしたいと思い、綴ったのでした。

皆様に神様からの祝福がありますように。


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