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無知を恥じ、常に上を目指す。

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細部に渡って、全てのことには知恵が必要です。

猿でも道具を使うのです。

物や事に従事する時は、どのような状況でも完璧な采配をとらなければなりません。

道具や機械を上手く使い分別すれば、一人では難しいようなことも、簡素に行うことができるようになるのです。

そのために私たちは毎日、毎回、無知であることを悟り、そこから分別を得なければなりません。 

 

無知で居続けるのは、借金を抱えているのと同じくらい苦しい状況でしょう。

いいえ、金の問題の方がとらなければならない措置がはっきりしていますからかえって楽かもしれません。 

 

無知は罪だ。
そう言っても漠然としているため、ピンとこない人がいると思いますが、霊的な視点に立てば、それははっきりします。

無知は人生を他人任せにしている証拠であり、自分の能力に勝手に限界を定めて神様を信じ切っていない証なのです。 

 

知らなくてもなんとかなる。
出来なくても死ぬわけではない。
誰かに頼めばやってくれる。

このような依存から繰り出される無知の代償は計り知れません。

そのような姿勢で生きていれば人は腐っていくだけで、詐欺に引っかかったり、単に損をするだけには留まらず、自ら悪くなっていくのです。 

 

専門的で、ある程度の技術が必須である物事については手助けを求めるのは罪ではありませんが、なるべく何でも自らの手で行なってみることです。

免許や資格が必要なのであればとればよいし、必要ないのなら、お金をいかにかけずして技術を身につければよいか工夫すればよいのです。

免許や資格は飾りのようなもので、実際に上手く行うには、地道に実践を積まなければなりません。 

そうしてこそ、霊的にも肉的にも、分別に至るのです。 

 

ところで、やる気の有無には関わらず揺るぎない結果を出さなければ、それは結局、誰のためにも益にはならないことも想像しておかなければなりません。

厳しいように感じるかもしれませんが、そうでなければ、私たちには罪の考えが頭によぎってしまいます。
中途半端でも良いと思っているうちは自分勝手な振る舞いをしているに過ぎないからです。

揺るぎない結果は、無知を披露するのではなく、その場所に秩序をもたらすことを意味します。 

 

世の中、どんなに小さなことでも、何でも分別です。

上には上がいることを悟り、決して傲り高ぶらずに日々、成長の機会を得ましょう。


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