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知は現場にある。わたし達は教会を造る。

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夢をみた。

小学生の頃、友人だった人たちが皆、大工をやっていた。  

それで、そのうちのひとりの友人が声をかけてきた。左利きの器用な男だった。
彼は一人で仕事をしていた。一人では仕事をこなすことも、仕事の質もあまり納得がいくものではないと嘆いていた。
それで、私に尋ねた。
どうして私たちは大工をやっているのだろうか。 どうやったら、良い家を造れるのだろうか。

答えようと思ったら夢から醒めてしまった。  

起きた私はいつものように神様にお祈りをした。
祈りの途中で頭に浮かんだ。

「人は皆、自分の持ち家をもつ。その持ち家は各々にふさわしい場所に立っている。  
しかし、脆い家もあれば堅固な家もある。その違いは何だろうか。
基礎を一人では造ることは難しいだろうから、私は世の中に準備があるように行っている。
また皆が大工であるのは、住む家は自分で造ることを知るためである。  

家造りを他人に任せることは必要以上の対価を要求されるだけではなく、自力がつかない。その差は大きく、代償は計り知れない。」

神様は比喩で語ったのだろう。
祈っていた体があつくなった。
真冬の寒い部屋にいながら、春の陽気に包まれているよう。
まるで、いる場所がかわってしまったかのように錯覚させられた。

もっと深く祈ろう。

もっと忍耐を、練達を、そして、個性と才能を得るために祈ろう。

現場から学び取れることはとことん追求しよう。

現実は厳しい。そして、自分はスーパーマンではない。
毎日、地道に祈り、手を動かし、泥の中を這いずりまわりながらも希望をもち、嗣業を成し遂げよう。

死をもおそれない覚悟で、私は現場に臨む。

知は現場にあるのだ。

苦しいことがあったとしても、身につけるべき技術はすべて身につける。
ひとつ残らずだ。

そして、それらの知を結集して、わたしたち兄弟姉妹は、教会を造りあげるのである。 

私はそれを確信しています。


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