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空に浮かぶカラス

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夢をみた。

私は車を運転していた。

曇り空から光が漏れてきた、夕方のことである。

空に一羽のカラスが見えた。

じわじわと広がっていく晴れ間と黒いそれは対照的に映った。

目に留まった。
カラスは全く身動きをしていなかったからである。

正しくは、羽根を動かしているが移動せず、その場所に留まったままであった。

カラスだけその空では完全に動きを失っていた。

この意味は何だろうか。

カラスはサタンの類を表している。

光は神様の御言葉を、広がりは御言葉が全世界中に伝わっていったのをそれぞれ示している。

その結果、カラス=サタンは生きるための術を喪失した。

羽根は動くが推進力を得るための風の力を受けることが出来なくなった。

もはや自分の力では猛威を振るうことは叶わなくなった。

空高く上がり、人々を見下していたサタンの姿は滑稽にみえる。

見下ろしているつもりだろうが、そのいまいましい力は失われた。

後は天を仰ぎ見、地へと落ちるだけであろう。

彼らは自分は高い位にあると思っているが、残念なことにそれは、見かけに過ぎなかった、ということだ。

夢から覚めた後、ヨハネの黙示録を通して朗読したくなり、また五感が研ぎ澄まされているとも感じたので、私は枕元に置いていた聖書を手に取った。

鮮明に場景を見たような、喜びに満ちた感覚となった。また同時におそれをも抱いた。その時がきた際に、自分は神様が望む高い水準の信仰を維持出来ているのか、と。

「悪人が罪を悔い改める機会を与えて下さい。出来事を起こし下さい。それでも是正されなければ、彼らを一網打尽にして下さい。」と毎日お祈りをしていたところ、先の夢を見た。

罪を悔い改めなかったものはカラスのように、風の恩恵を忘れ、飛んでいるつもりが身動きが取れなくなるのだろう。

彼らが愛した偶像のように、中身のない張り子となり、破滅していくのであろう。

一方でサタンに与しない私たちは、いつも正しい場所にいて、正しいことを行なっていることが大切だ。

私たちはサタンの民のようにわざわざ聖なる場所と呼ばれている場所にいく必要はない。

主に従っているなら、いま自分がいる場所が聖なる場所となるからだ。

聖なる場所に立つということは、いつも備えができていて、神の福音という武具を身にまとっていることだ。

私たちがその場所に立つことをサタンは望んでいないため、様々な妨害や困難にあうだろう。

だから、日々の行いや物事にどう対処するかが永遠にわたる結果をもたらすことを悟らなければならない。

ちょっとした隙にサタンは流れ込んでくる。
隙を与えてはならない。
一切の甘えは捨てなければならない。

詩篇 90篇1-12節より引用ここから---

主よ、あなたは代々にわたしたちの宿るところ。
山々が生まれる前から
大地が、人の世が、生み出される前から
代々とこしえに、あなたは神。

あなたは人を塵に返し
「人の子よ、帰れ」と仰せになります。
千年といえども御目には
昨日が今日へと移る夜の一時にすぎません。
あなたは眠りの中に人を漂わせ
朝がくれば、人は草のように移ろいます。
朝がくれば花を咲かせ、やがて移ろい
夕べにはしおれ、枯れて行きます。

あなたの怒りにわたしたちは絶え入り
あなたの憤りに恐れます。
あなたはわたしたちの罪を御前に
隠れた罪を御顔の光の中に置かれます。
わたしたちの生涯は御怒りに消え去り
人生はため息のように消えうせます。
人生の年月は70年程のものです。
健やかな人が80年を数えても
得るところは労苦と災いにすぎません。
瞬く間に時は過ぎ、私たちは飛び去ります。
御怒りの力を誰が知り得ましょうか。
あなたを畏れ敬うにつれて
あなたの憤りをも知ることでしょう。
生涯の日を正しく数えるように教えて下さい。
知恵ある心を得ることができますように。

引用ここまで---

皆さんに神様からの祝福がありますように。 

 


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