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自己満足から抜け出し、隣人を愛する方法。

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多くの人がどこにもいるはずもないが、自分の言葉を代弁してくれる、あるいは翻訳してくれるような人を探し求めている。そういう人間に限って、自己顕示欲の世界から抜け出せないでいる。  

満足するための方法が誤っているか、満足させる対象を見誤っているのかはその人がどんな使命を課せられているかで変わってくる。

しかし自己満足の次元ではどの分野においても主管する存在にはなり得ない。

なぜなら、結局のところ、自分が無知であるとか、自分が特別な人間であるといった思考ステージから抜け出すことが出来ないからである。

 

もし、友人や恋人などでその自覚がない者がいたとして、それを気付かせるのに効果的な方法は実際に示してあげることである。 その人の次元がいかに低いか、自分の能力を過信し過ぎているのかを実技や理路整然とした秩序のある理論で伝える。

見せてあげられる実力と余裕がある人の方が 相手の過ちを的確に是正することが出来る。

言葉で全てを理解できる人などこの世には存在しない。   

言葉はからし種であり、それが実るまでの大木に育つかどうかは、本人の行動次第だからである。  

御言葉には素晴らしい力があるが、それを実行し知恵の油を注がれるようになるには、深い悟りを得るための過酷な日々を戦い抜かなければならない。 

 

自己満足は、人を殺す。 

本当に満足した状態を知っているのならば、常に自身の肉的、霊的な成長に渇望し、日々現れる課題、壁の前で絶えず思考し、祈り、前人未踏の領域に達するまで無我夢中で走り抜けるだろう。 

満足とは、成長することでしか得られないものだと悟るはずだ。  

そして、自身の成長のために自分以外の人間の経験や記録、知恵が必要になってくることを知る。 

言ってしまえば、悪人にしろ、反面教師にしろ、普通の凡人にしろ、盲目の人間にしろ、全ての人間から学び取れることがある。  

これらは隣人を愛することに繋がってくる。

何を学び取るかが重要になってくるかはその時が来れば自ずと明らかになる。自ら対象を決めて学んでいるうちには、その人の良いところも悪いところもはっきりとは分からない。 

  

「私は誰から学べばよいのだろうか」は、聖書を読んでいくうちに分かるだろう。 


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