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苦しい時はもっと苦しむ必要があると思えばよい。

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はっきりと言いますが、この世で生きることは楽なことではありません。むしろ、艱難苦難の連続です。

しかし、当然ながら絶望するだけの世界ではありません。
粒々辛苦を重ねるならば、希望に満ちた世界となります。

全ての物事は当事者の心掛け次第で善として世に働きかけることができるのだと思います。

苦しい時はもっと苦しむ必要があると思えば良いでしょう。 

苦しみから解放されたいと思えば思うほど、人は苦しくなるのです。

人が苦しいと感じるのは、迷いがあったり、逃げることを考えている時です。 

 

向上心があり、誠実な人間で、ある程度の考える力をもつ者ほど、この状況に陥ります。 

なぜなら、逃げてはならないと思っていますし、迷っている自分は弱い人間だと感じているからです。 

 

しかしながら、迷わない人間はいませんし、一人で強い人間もこの世にはいません。

本当に強い人間は神様によく相談しますし、兄弟姉妹たちと共に高め合うためにはどうしたらよいかと話し合うでしょう。 

 

キリストもゲッセマネの森で自分に死が迫っていることを知った際、彼はこれまで味わったことがない苦しみに襲われたのでしょう。
彼は神様に祈り、ひどい汗をかきながら、主になぜでしょうか?と問い続けました。

祈りの途中で、サタンがその苦しみを退けるには私の色に染まりなさいと言ってきたに違いありません。それほどまでに神の子は自分に与えられた大きな使命に恐怖を感じていたのでしょう。

弟子たちに目を覚ましているようにと言いましたが、彼らは肉的な誘惑に抗えず眠ってしまいました。

渾身の祈りが終わり、彼は死へと向かっていきました。
恐怖に完璧に勝利したといえば嘘になるでしょう。最後まで使命の大きさに押しつぶされそうだったと思います。

死の直前に「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と言い残し、その偉大な使命をやり遂げました。
使命をやり遂げ、完全となりました。

このように死の直前まで、勝利を得ることは難しいのかもしれません。 最後まで見なければ、結果は分からないからです。

このことから、どのように申し上げればよいのかわかりませんが、苦しみの中にいるなら、思う存分、苦しめばよいと思うのです。

私も信仰生活をおくる中で様々な誘惑や苦しみにあっています。

家を建てることを仕事にしているからなのかもしれません。

現代の建築においてセメントなくして堅固な家は建てられないような常識があります。 基礎は鉄筋コンクリートで造らなければならないと法律で決められているのです。
raptさんの記事でも紹介されていたように、セメントはイルミナティ、つまり、サタンを崇める者たちの大きな象徴であり、またこの世を治めるための財源でもあります。

◯ 「麻生太郎」こそイルミナティの計画する主要な悪事の中心的な実行犯である。

この業界は悪魔で一杯です。 

その中に混じって仕事をするわけですし、私はこの業界に入って間もない新人ですから、悪魔に負けず、染まらず、毎日過ごすことに必死です。

この業界では腕の良い職人ですら、ピンハネの餌食になってしまいます。
現場では余裕がなく、怪我も多く、退廃的な空気で満ちていることが常です。

また、労災を起こすと仕事を失う、施工ミスをすれば信頼を失う、どんな言動も命取りになる、そんな中で工期には間に合わせなくてはならない等、制約ばかりの業界です。

挑む業界が違えど、兄弟姉妹もこのような苦しい状況で仕事をしていると察しています。

死を想いながらも、私たちは一丸となって祈り、信仰生活を勝利で終えなければならないと思っています。

戦い抜くことは決して容易ではありませんが、一人でも多くの堕落者を出さずになるよう兄弟姉妹のことを想い、祈り続けます。

どうか、私が教会を建てる上で必要な技術、基礎、建方、大工と全てにおいて最速で完全な者となれるよう一緒に祈ってくださいませんか。

私は一人でもそのつもりです。

物理的にも、霊的にも、香りのよい素晴らしい教会をつくりあげるにふさわしい人間にならなければならないと思っています。 

 

心に深く傷を負い、苦しんでいる人々を聖霊の息吹でいやしてください。  

あなたのいつくしみに包まれて、立ち直ることができますように。 

 

 


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